郡家別院では若手僧侶の集まりである「仏教青年会」のコラムをまとめた『仏青通信』を配布しています。ホームページ転載にあたり、一部加筆、修正を行っています。
お寺の仕事は、ご法事やお葬儀、法要を勤める以外に、事務仕事などがありますが、うちの寺で1番時間と労力を費やすのが境内の掃除、草抜きです。
境内が広くて大変なのです。お寺さんで、庭が広くて嬉しいと言う話は聞いたことがありません。

ある日のお参り先で、ほんとうに草抜きが大変ですと話をしたら、門徒さんに教えていただきました。「草は煩悩と一緒ですよ」と。
びっくりしました。草も煩悩も無くならないということに。
今まで無くならない草を必死になって抜いたり、草枯らしをかけたり、時には熱湯をかけたりしていました。「草は煩悩と一緒ですよ」という言葉を聞いてからは、草と戦うのをやめました。
伸びて背が高くならない程度に草刈機で刈るぐらいで、草と共に生きる、そういう考え方になりました。
でも、過ごしやすい時期になったら、どんどん生えてくるし、雨が降ったらあっという間に伸びてくる。
条件が整ったらどんどん生い茂る。
煩悩も一緒で、条件が整ったら腹が立つし、欲は尽きることがありません。
煩悩を自分で起こしているのだったら抑えたら良いですが、条件が整うと煩悩に振り回されるのが私です。雨が降ったら生い茂る草、嫌な事を言われたら腹が立つ。
そして、草も煩悩も無くならない、本当に辛いことです。
草と共に生きる、そういう掃除の仕方になって、新しい発見がありました。草をよく見ると、小さな花を咲かせたり、苺のような実をつけたりします。
秋には紅葉し冬には枯れます。
そして最近、草に対する見方が大きく変わる事がありました。
福岡県にある太宰府天満宮の本殿は、現在124年ぶりに大改修されていますが、その大改修に伴い仮殿が建築されました。
その仮殿の設計者は、今年開催されている大阪・関西万博の会場シンボルで、1周約2キロのとても大きい木造建築物、大屋根リングを設計した藤本壮介さんという方です。
この藤本さんが設計した太宰府天満宮の仮殿の写真を見て、はっと驚きました。屋根から梅や桜など、たくさんの木が生えているように見える意匠なのですが、その木の根元には草が生い茂っているのです。

草が無くて、土だったらどうでしょう。草が生い茂っているから、最近建てられた建物なのに歴史を感じ、1100年以上の長い歴史がある太宰府天満宮の境内に違和感なく調和しているのではないか。草に意味があるのではないかと感じました。
浄土真宗のご利益は人生に意味を与えてくれる、そうお聞きしております。煩悩にも意味があるのではないか。この欲が、このいかりが、愚痴が、仏法に出会い、仏法を聞く種になった。
時には草が生い茂ることもあるけれども、草と共に生きる。
同じように、時には欲やいかりに振り回されることもあるけれども、ただ振り回されているだけではない。煩悩があるからこそ仏法を真面目に聞き続けていく私になった。
煩悩と共に生きていく道ができた、そういう私にお育ていただいた。これが浄土真宗の信心という事ではなかろうかと感じています。
第九組 光明寺
直井 了純
