郡家別院では若手僧侶の集まりである「仏教青年会」のコラムをまとめた『仏青通信』を配布しています。ホームページ転載にあたり、一部加筆、修正を行っています。
最近子供に読み聞かせる機会がありまして『笠地蔵』について、改めて読んでみますと新しい気付きに恵まれましたので今回お話に起こしてみようと思います。
皆様ご存知とは思いますが概要を。
雪深い山里に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。二人は、笠を作って生活していましたが、お正月のお餅を買うお金がありませんでした。
ある年の大晦日(おおみそか)、おじいさんは笠を売りに、となりの村に出かけました。村は正月を迎えるので賑わっていました。けれど笠は1つも売れませんでした。
しかたなく、おじいさんは家に帰る事にしました。
しばらくすると、はげしい吹雪になり、行く時に見かけた6体のお地蔵さまは、雪で真っ白になっていました。「えらいことじゃ」と、おじいさんは持っていた笠をお地蔵様の頭にかぶせました。

最後の小さいお地蔵さまの分がたりなかったので、自分が頭にまいていた手ぬぐいを被せてあげました。
家に帰ると、おばあさんが玄関で待っていました。
「笠は1つも売れんかった。すまんのう」
「おじいさんが無事に帰っただけで良かったですよ」
その晩おじいさんは、おばあさんにお地蔵さまの話をしました。おばあさんは、
「いいことをしたじゃありませんか。お地蔵さまたちも喜んでおられることでしょう」
と、いっしょに喜びました。
その晩、二人が眠っていると「ズーン、ズズーン」と大きな物音がしました。二人がおそるおそる玄関の戸をあけてみると、たわら、お餅、野菜、魚、小判がおいてありました。そして、笠をかぶったお地蔵さまたちは、照れくさそうに帰ってゆきました。

これが笠地蔵のお話です
どうですか?皆さんは疑問を感じませんでしたでしょうか?
私はこのお話を読んでいる時に、このお話の通りにお話が進むことはありえないと感じたんですね。
よくよく考えてみてください。おじいさんとおばあさんは協力してお餅の為に二人で一生懸命笠を作りました。
おじいさんが笠を売りに出まして、帰ったら持っていったはずの笠もお餅も持たずに、頭の手ぬぐいまで無くなって帰って来たのです。
おじいさんの表情を見る限り襲われて取られたという訳ではないと気付くはずです。
であるならば、おばあさんが一言目に言うことはきっと「おかえりなさい。お餅は?」でしょうかね……?
激しいお婆さんならば「一体何しに行ったの?」
と言われるかもしれません。
それはそうなんですよね、お餅を買うお金もない、二人で頑張って作った傘が無くなって手ぬぐいまで失ったおじいさんが玄関に居るんですから、おばあさんからすれば訳が分からないと思います。
でもおばあさんが一言目に掛けた言葉はですね、「おじいさんが無事に帰っただけで良かった」と言ってたんですよ。
おばあさんは傘の事も、お餅の事でも無く、おじいさんの事を心配していたんです。
私は立場が同じであればこのお婆さんと同じ事が出来たかと思い至った時に愕然としました。
お地蔵さまが何故お野菜やお餅を置いていってくれたのかと考えますと、「真っ先に思い浮かぶのはおじいさんが良いことをしてあげたから。」と思われがちですが、私はこのおばあさんの優しさと、いいことをしてあげたじゃないかと、いっしょに喜べる心を持ったおばあさんの気持ちにも、お地蔵さまはご褒美をくれたのではないでしょうかね?
お釈迦さまは、「人が良いことをした時、それをいっしょに喜ぶ事は、良いことをするのと同じ様に素晴らしい事なんだ」といわれています。
家族、お知り合い、親戚、身近な人なら誰でもです。いい事をしているのを見かけたら、共に喜んでいける心を、育んでいけたらいいなぁと思います。
第八南組 福浄寺
古市 朋生
