【4コママンガ】ほっこりさんその6

真宗大谷派の僧侶であり、漫画家でもある光澤裕顕さんに、ほっこりさんをテーマに4コママンガを書いていただきました。

泥中の蓮

汚れた環境の中でもそれに影響されずに、清らかさを保っていること・又はその人を表す「泥中の蓮」という言葉があります。

日常でも使われることのあることわざですが、実は仏教のある逸話が由来となっています。

維摩居士というお坊さんが病気で寝込んでいると、文殊菩薩という仏が見舞いにやって来た。

文殊菩薩は「三人よれば文殊の知恵」の由来ともなった、仏の知恵を象徴する仏様だ。

そこで維摩居士は文殊菩薩に「悟りの境地に達した如来になるには、何から始めるとよいのでしょうか」と質問をした。

すると、文殊菩薩は「あらゆる煩悩が、如来になるための出発点となります」と答えました。

譬如高原陸地不生蓮花、卑湿淤泥乃生此華(譬えば、高原の陸地には蓮華を生せず、卑湿の淤泥に乃ち此の華を生ずるが如し)

訳:たとえて言えば、高い土地には美しい蓮の花は生えず、低い泥だらけの沼地の中にこそこの花が咲く。

煩悩による迷いや苦しみがあるからこそ、そこから離れる救いがある。

悟りを開かんとするならば、先ずは煩悩と向き合いなさい。

そこにこそ、悟りという蓮の種は宿るでしょう。

「生老病死」をはじめ、人生に苦悩は付きものです。

しかし、死があることで生が尊さを帯びるように、苦悩があるからこそ幸福があるのでしょう。

苦難を避けるのではなく呑み込みながら歩む道。

それこそが、御念仏のあゆみなのかも知れません。