三毒の煩悩

郡家別院では若手僧侶の集まりである「仏教青年会」のコラムをまとめた『仏青通信』を配布しています。ホームページ転載にあたり、一部加筆、修正を行っています。

 唐突ですが、皆さんは普段、お仏壇に手を合わせていますか。

忙しくてなかなか手を合わせることができないという方もあるでしょうが、どうか一日に一回は手を合わせてみて下さい。

なぜなら手を合わせるということは、自らの生活を振り返り、考えるきっかけ、「ご縁」だからです。反省するとも言えますが、省みるというのは、とても大切なことです。

 私たちには、三つの毒と書いて、「三毒の煩悩」があるそうです。

それは、「貪欲(とんよく)・瞋恚(しんに)・愚痴(ぐち)」の三つで、私たちが生きている限り無くならないことから、三つの垢と書いて、「三垢(さんく)」とも呼ばれています。

 まず「貪欲」とは、果てしない欲望のことです。

「モノやお金が欲しい」、「ああしたい」、「こうしたい」。そういった想いが、ずっと途切れることなく続く状態を表します。

 次に「瞋恚」とは、怒りや腹立ちの想いです。

私たちは、自分の思い通りにならない時に腹が立ちます。

自分のほうが悪いのに、その過ちを認めず、誰かに責任をなすりつけることもよくあります。

 最後に「愚痴」とは、愚かさです。

思うようにいかない時、愚痴をこぼすことがあります。

全てが自分の思い通りになるはずはありません。

しかし、それが時々分からなくなります。

その愚かさを、愚痴といいます。

 この三つには、共通していることがあります。

それは全て「自分の思い通りにしたい」という想いから生まれているということです。

 仏教とは、この「自分の思い通りにならないことから生まれる苦しみ」を解決する、抑えていくという教えです。

そのために必要なのが、自らの生活を省みるということです。

しかし、私たちは何かきっかけがなければ、いつもいつも省みることはできません。

自らの生活を振り返り、考えるきっかけ、それが手を合わせるということです。

 家に仏壇がないという方もいらっしゃるでしょうし、手を合わせる時間がないという方もあると思います。

しかし今回、郡家別院にお参りされたことをご縁に、手を合わせる生活を始めてみてはいかがでしょうか。

そして、私自身もなかなかそうはいかないのですが、少しでも心穏やかに、一日一日を過ごしていければいいなあと思っております。

興泉寺 楠正亮